The life that fitted me

自分に調和した生活から、自分自身と調和することにテーマが変化してきています。

レビュー:映画"クロワッサンで朝食を"

 ジャンヌ・モローさんの死を悼んでいます。

 "クロワッサンで朝食を"しか観ていません。それでも悼んでしまいました。80代半ばの彼女が主演の作品だったと思います。もっと年齢を重ねた彼女の演技が観たかったです。

 パリに住む、奔放な過去を持つ裕福で孤独な老女役でした。家政婦を必要とする状態で名前はフリーダです。失礼ですが、ステレオタイプの役だと思いました。でも違いました。

 話が進むうちに、過去があっての現在のフリーダが浮かびあがり、そして今現在を生きる人間としてのフリーダが現れる。その複雑さと強烈さをジャンヌ・モローが、老醜といえる姿をそのままに演じているように思いました。

 あるレビューでは、"「老醜」・・・無残な神々しさともいえる不思議な輝きを発している"と表現していました。自分では言葉に出来なかったけど、そう!そんな感じ!と賛同してしまいました。経験を重ねた上での挑戦と感じた演技でした。

 フリーダを世話する50代の家政婦アンヌ役を演じたライネ・マギの演技も素晴らしかったです。性格も正反対の役なのに、背中でジャンヌ・モローの強い存在感に負けない印象を作り、中盤では主役は彼女?と思いました。最後のシーンで、ジャンヌ・モローが一瞬で主役は彼女だと、圧巻の巻き返しをしたように感じました。良い意味で「負けた」と苦笑してしまいました。アンヌの浮かべた微妙な表情も似た様な思いかもしれないと思いました。アンヌはアンヌらしく、しなやかで力強く彼女自身の人生の主役として生きていくのだろうともと思いました。

 軽やかなハートウォーミングな映画だと思って観たら、重く複雑でした。観てよかったと同時に、インパクトが大きく茫然としてしまいました。厳しい現実に根ざした生命賛歌でもあると思います。ただ、私にとって映画の結末の3人の感覚(ブリーダー・アンヌ・男性の三角関係に対するもの)は謎のままです。フランス人ならここまで謎にならないのかしら?と少し途方に暮れました。

 追記:ジャンヌ・モローさんは自宅で亡くなっているところを発見されたそうです。"1つの人生を生きた尊厳を持つ人間か亡くなった"という印象を受けました。"孤独死=可哀想・不幸"と思っていない私がいました。ジャンヌ・モローさんだからではなく、ひとりの人間の死は1つの人生を生き切った人の死だと受け止めていました。この映画を観た影響もあると思います。この映画を厳しい現実に根ざした生命賛歌と感じた理由の1つかもしれません。ただ今後のジャンヌ・モローさんの演技が見れないのが、とても悲しいです。

 

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  読んで頂き、ありがとうございました。